[54]運命は出会うべき人を導く

ヘレンベルガー・ホーフの社長Y氏が、ドイツ滞在中、
ある百貨店で、評価本を手にする。
1995年秋のことである。

もとより、自分の舌だけを信じて進む大阪人、
評価など騒音に等しい…と断じてしまうタイプ(?)。

5段階評価のその本で、最も下の
1房にクレジットされた
バーデン地方の蔵元に目が止まった。
なぜなのだろう。


モーゼルでもラインガウでも、あるいはナーエでも、
そのランクの造り手は居たはずである。
なのにバーデン。しかもオンリストでは最下位の1房。

しかしその百貨店で、同醸造所のマルターラーという
一風変わったワインを買って帰る。
ホテルで開けたそのワイン、彼の運命を変える力を持っていた。

ホンモノの存在感は、すべてを圧倒する。
葡萄果汁から造られた、アルコールを十数%含むただの液体、
その中に封じ込められた思いが
グラスの中で展開されていく。

ストーリーに引き込まれるようにグラスを傾ける。
液体に唇が触れ、舌にからみ、
喉の奥に流れ落ちたのとは逆に
胸の奥から感動がふつふつと湧き上がる。


螺旋かメビウスか…不思議な外観を持つワインに
織り込まれたすべてを味と香から読み取る。
まるで巻物…現代の宝の地図を手にした彼は、
翌年5月、フーバー醸造所へと導かれた。

そしてワインの作者に会う。
口数の少ない、穏やかに
見える醸造家。
マルターラーのような宝物が生まれる
畑が、造りが、そして瞬間が見たい…と、
社長の座を後任に譲り、
この醸造所で働く決心を伝えた。

…まさに馬鹿げた話。
だけど、これがフーバー醸造所のワインを
理解し得た人間の行動だとすれば

今の私には分かるような気がする。

ドイツ製?値段が高い?…
ポルシェに対してそんな言葉が出るだろうか。

この人の造るワインに本質的に向かい合う事ができたら
そして本物の舌があるなら、
人生と引き換えにしたの人の気持ちが分かるだろう。


  [To Be Continued...]

|<<前へ | 次へ>> | 一覧 |



Copyright (C) 2000 Net Contents, Vin LePin Kurashiki S.A.R.L.
  .