ポンパドールとコンティ公
ブルゴーニュ・ワインと比べた時、歴史的な流れによって
世にその優秀さが認識されるのが後になった、ボルドー・ワイン。
それが王侯貴族に広まっていくプロセスは、
人の心が織りなす、歴史の深い部分が見えてきて、
ワイン通ならずとも面白い。
そんな今回の登場人物のメインは、ポンパドール婦人。
“美”でルイ15世に取り入ったことで有名だが、
その点は、むしろ彼女の1/3ほどの要素でしかなく、
残る2/3の方が、より彼女の本質に迫るものに違いない。
ある伯爵が、
「さながらニンフともいうべき天性の美の上に、
彼女はあらゆる才芸を身につけている」
と称えたほど、美に加えて知、そして策略を兼ね備えた女性。
42歳でこの世を去るまで、ルイ15世のかけがえのない
愛人の地位を確保し続けたことがその証拠。
24歳から君臨し続けた彼女だが、最初の6・7年は、
若さと色気で、王をとりこにする。
が、やはり飽きられる。
どんな美貌を持っていても、国中の美女を手にできる王にとっては、
その年齢と年月あたりが限界なのかも知れない。
普通の女性なら、この時点で、涙で枕を濡らし‥と諦めるのだが、
ポンパドールの本当の凄さは、ここから始まる。
王の好みを知り尽くしているからこそ、
彼の好みの女性をあてがう‥という行動に出る。
嫉妬の感情よりも、地位に対する欲の方が強かったのだろう。
自分が政治の世界に君臨し続けることを望んだのだ。
もちろん、王にあてがうのは、女性だけではない。
知識・教養・悦楽‥ありとあらゆるものを与え続ける。
その為には、道無き道を太くし、真っ直ぐに進まなければならない。
そんな彼女の振る舞いは、障害にぶつかり続ける。
しかし、どの辣腕政治家よりも巧妙に動き、思い通りの道を進み続けた。
冷血スゴ腕として誰もが知っている宰相リシリューでさえ、
第一線から退かせ、南の果てのボルドーへ左遷させた。
また秘密警察長官であるコンテ公に対しては、
彼の母親の莫大な借金があることをネタに強請り、
仕事を手伝わさせたりもしたらしい。
世界史に名を残しているこの2人は、その後の行動が対極に分かる事になる。
リシリューは尻尾を振って屈伏、
コンテ公は歯ぶしを剥いてより強烈な敵対心を持った。
ポンパドールをピポットにして、その二人の行動が、
これまたワイン史を織り成していく。
コンテ公は、秘密警察長官、もとより王の信任が一番厚い人物。
またヨーロッパの外交の中心であるフランスの、
裏も表も知ってなければ勤まらない。
役職からも、そして側近としても、王がワインに興味がある事を知っていた。
そこにニュースが飛び込んでくる。
ブルゴーニュ地方の、先代の王=ルイ14世愛飲したヴォーヌ・ロマネ村の
天下一と言われるワイン畑が売りに出されている‥と。
この2つの事実だけならコンテ公は動かなかったに違いない。
しかし問題は、より王に影響力を持ち続けようとするポンパドールが、
その葡萄園を買おうとしていること。
この時のフランス王宮で、ワインと言えばブルゴーニュ、
その究極の品質を産み出す畑を、あの憎っくきポンパドールが、
より王への影響力を維持する為に買おうとしている‥。
これは阻止しなければならない!
とばかり、破格の8万ルーブルを持って、ポンパドールを出し抜いたのは
まさに意地の為せる業。
『ハンカチほどの広さしかない』と言われる、フランス一のこの畑に、
彼は勝利の証として、自分の名前をつける。
これが「ロマネ・コンティ」なのである。