10-0123ボルドー物語 [02-2]

ポンパドールとリシリュー、そしてコンティ公

タッチの差で、最高の畑を手にできなかったポンパドール、
相手がコンティ公と知って復讐を誓わずには居られなかった。

そんな彼女に、ある男が「友情」という言葉を口にしながら接近し始める。
中央への返り咲きを目指し、ヴェルサイユ宮に度々やって来る、
リシリューその人である。

ポンパドールによって左遷された男…
恨みこそあれ、友情などあろうはずはない。
しかしリシリュー、有能な政治家だからこそ、
利用できるものは何でも利用しなければ、はい上がれないことを知っていた。

彼の精力絶倫は有名で、生涯3度も結婚している。
2度目の結婚でさえ60歳の時、しかも相手は25歳の貴族令嬢。
3度目に至っては84歳の時!

特にボルドーに左遷されて以来、とみに若返ったと自他共に認めている。
これは、ずっと飲んでいたブルゴーニュ・ワインから
ボルドー・ワインに鞍替えした為だと信じていた。

いや、若返りがどうあれ、ワインの美味しさは、
ブルゴーニュに勝ると判断していた。
この老獪な政治家は、ボルドー・ワインの赤の逸品が、
自身のヴェルサイユ復帰の道具として使える!と目論んでいたのである。

ここで本来なら自分を左遷させた悪の元凶であるポンパドールと利害が一致した。
ロマネ・コンティを逸したポンパドールとしては、
それに対抗できるワインを手に入れ、王の興味を惹かなければならない。
リシリューとしてもワインを献上しただけでは、
誰かが手柄を横取りする可能性がある。
王と同じ食卓に着き、王に勧め、
「このうまいワインは何だ!」
と唸らせなければならない。

かくしてポンパドールのセッティングで晩餐会が開かれ、
王・ルイ15世は、二人の思惑通り、そのワインを絶賛する。
何と言っても色が濃く、ボディが厚く、芳香の複雑さは
ブルゴーニュワインに慣れた口には、謎を秘めたようにさえ感じる。
飲みごたえも十分なこのワインを、今までなぜ自分が知らなかったのか、
と悔しくもあり、一度味わった以上、これを手にしなければ‥
と、早速リシュリーとポンパドールを通して、
「王様御用達のワイン」に決めてしまう。

かくして、事はこの二人の策略家の思い通りに運び、
ブルゴーニュ・ワインとコンティ公の影は、晩餐会では薄くなっていく。

このワインの名前こそは、シャトー・ラフィット。
1855年格付で、1級に格付けされた、最高の中の最高のクラレット(*196)。
息を飲むような美しさ、類い希なエレガンス、
謎めくほどに深い味わい、
精緻な要素が構成するボディは、インテリジェンスさえ感じさせる…
まさにポンパドールとイメージが重複するワイン、それが
シャトー・ラフィット・ロートシルト。

ポンパドール、コンテ公、リシリュー、そしてルイ15世が居なければ、
各々の欲が、目的が、思惑がなければ、シャトー・ラフィットは、
今の地位を得られなかったかも知れない。

[To Be Continued…]

(*196)英国人は、多くのワインに独自の呼称を与えた。
極上モノに限るが、ドイツのラインガウ地方のワインを“ホック”、
フランケン地方は“シュタインワイン”、ブルゴーニュ赤は“バーガンディ”、
そして自国領にもなった、馴染みあるボルドー赤を“クラレット”と呼ぶ。
かつて世界に向けての輸出能力は、英国が一番強かったので、
一部にその呼称が浸透している。

6355g3333g3330g4687g