足は、ワインの比ではない。
まったりと絡み付き、本体が無くなっても
グラス壁面から落ちない。
まるでじっとそこに居るヤモリのよう…。
香はフルーツ、特に桃が次々と現れる。
白桃・黄桃・スモモ・山桃・コケモモ…
舌触りの滑らかさ、キメの細やかさは、
ボディの膨らみと共に、じんわりと押してくる。
柔らかな押しは、十分な甘さを伴い
旨味と共に、後味を止めどなく
引き延ばそうとする。
そして絞り上げるようなフィニッシュ。
伸びる余韻に身を委ねれば、
この蔵の歴史に思いが巡る。
創業は1870年、移ろいていく時の中、
備中杜氏が、営々と築き上げてきた味と香。
一歩ずつ前へ進んできた集大成が、
このグラスで揺れる液体に違いない。
淡麗辛口が世の主流となる中、
頑なにその力強さと密度感を守り続けた心意気。
残念ながら、この蔵は、その歴史に幕を降ろした。
その最後の作、齢74歳の杜氏・坂川清、
人生の集大成が、この本醸造無濾過生原酒。
余韻は次々と語りかけてくる。
味のキレを舌で感じながら、もう一杯。
温度が上がると、さらに立ち上がる微妙な焦げ臭。
糀香ではなく、イーストやトーストと相通ずる
特徴ある香が、仄かに、しかし確かに浮きあがる。
更に甘さは力強く盛り上がり、
飲んだ!という満足感を大きくしてくれる。
老練な杜氏が命を賭けたであろう渾身の滴り、
輝きに触れる事ができた私は幸せ者。