07-0223痛みをともなうキャンセル

シャトー・クロワゼ・バージュの1957年もの。

0206_08

これを仕入れたのは、実は私の誕生年でもあるから。
その上、ほぼ半世紀経ってるにもかかわらず
15,000円を切れるであろう販売価格、
さらに最高のコンディションである蔵出品。

日常を逸脱した価格ながら、これは買いだ!
と、リストに表記してある在庫12本をオーダーしたものの、
到着したのは、3本だけだった。

手元に届いた3本を見るに、
ラベルは極めて美しく、出荷時点で貼られた模様。
しかも液面の高さはネックの上、
リコルクされているのがすぐに分かる状態。
自信を持って売れる…と思っていたら
すぐに注文が入った。しかも続けて。

2本が売れて最後の在庫である3本目、
厳しくチェックしているのだけど、
出荷前の瓶を立てた状態にした時、wifeが言った。
「これ、何かが浮いてる」

そう言われて見ると、コルクの破片のような…
いや、見方によっては、小さな蝿のようにも見える。

0206_09

前者なら問題ない(クレームをつける人もいるようだが…)が、
後者だと、これは一般的な人なら敬遠するのが当然だ。
いや、そんな物が浮いていたら、普通の日本人なら許すはずもない。
当店に到着時点ではきっと沈んでいたのだろう。
それが、セラーで貯蔵している内に浮き上がって来たに違いない。
ワインの性格上、振り回して浮かび上がらせるなど
できるはずもないから、こんな展開になってしまうのは仕方のない事である。

せっかく御注文頂いたのに、極めて残念だが、
蝿らしき浮遊物に気付いた時点で、このワインをお売りする事は
道義上できなくなってしまった。

断腸の思いでキャンセルのメールを送らざるを得なかった。
本当に悔しかった。
それは、商人として利益を上げられなかった…という意味ではない。

このワインを御注文下さった方はどんな思いだったのだろう。
折角の出会いを、こちらの都合で、
一方的にキャンセルしたように感じられたかも知れない。
気付かない振りをして売ってしまうのも一つの方法かも知れないが
それはどうしてもできなかった。

そして何よりも、このワインは
どんな思いを持って生まれ、育てられて来たのだろう…
多くの人のこのワインに対する思いが、
ここで潰えてしまうのが、何よりも悲しい。

キャンセルのメールを送った後に眺める瓶、そしてラベル。
リコルクの液面の高さ、そしてラベルを貼ったばかりの
輝かんばかりの外観が虚しい。

このワインは、店から私個人が買い取る事にした。
造った人と、貯蔵し育てた人と、リコルクやラベル貼りをした人、
そして完璧な運搬をした人…
それらの思いを受け止め、
価値が判る人に伝えたかったワイン屋としての自分、
すべての心は、お客様の「美味しかった」の一言を望んでの思い。

それを理解する私と共に在るのが最善…と思うからだ。

ワインは物体に違いないが、同時に心の凝縮体だからこそ
時として、最も大切な人の心さえ裏切る結果となる。
分かってはいるが、その狭間で心が傷む。
今回のキャンセルはまさにそんな痛みを伴うものに違いなかった。

07-0218手の次は足!? ローガン・ワインズ

「葡萄の収穫時期」と言っても日本では春先の頃、
南半球のオーストラリアのワイナリー近くの酒場では
手足が紫色に染まった人が肩を抱き合いながら騒いでる…
と、0206_07ポール・マス氏が教えてくれた。

葡萄の収穫と選果、そして発酵の時のピジャージュ。
その作業によって、手や足がアントシアニンの色素に
染まってしまうのだ。

ボルドー的なルモンタージュ(ポンピング・オーバー)でなく
手造り蔵元ならではのピジャージュ…
発酵槽の上の果帽を裸足で踏み降ろして撹拌…するのだ。
上品に外から棒で押し下げるよりも
まさに体で感じながらの作業は、
繊細で間違いの無い撹拌ができるだろう。

代償に、足が染まってしまうとすれば、
その色こそが造り手の勲章と言えるだろう。
だからこそ、収穫時期に手足を紫に染めた人を
酒場で見かけたならば、
見知らぬ人でさえ、つい肩を抱きたくなる…
その気持ちが良く分かる。

作業を終え、発酵槽から出て歩く足跡が、くっきりと残る。
その足跡をラベルに記し、手造りの誇りとする。
ローガン・ワインズ
ピノ・ノワール オレンジG.I[2004]

2,790円(税込)

ピノ・ノワールの醸造過程でのピジャージュで
付いた足跡をそのままラベルにしたもの。

そこに込められた思いは
造り手の歩んできたワイン造りの足跡そのもの。
一歩一歩踏みしめながら進んで来た結果が
今、目の前にあるワインだ…と思えば
グラスで波打つ液体がより美味しく感じてしまう。

遙か彼方の造り手達が込めた思い、
この胸に届いた…と祝福を贈りたい気分。