時をかける少女の中で、
時間を移動する撮影をした場所と聞いたのが「タイル坂」。
正式には、“タイル小路”か“タイル小径”らしいのだが、
伝説として響きを大切にするなら「タイル坂」と呼ぶ方が
私にとっては心地良いので、勝手にこう呼ばせて頂きたい。
監督ゆかりの地である尾道にあるという。
それを初めて知った時、胸が高鳴った。
行ってみたい…と思いを膨らませた。
しかし、いい年した男が一人で行くのはどうも抵抗がある。
彼女ができたなら、連れて行く、とかデート…
という口実でなら可能かも知れない。
いやこんな胸がわくわくしそうな場所だからこそ、
彼女ができたら、ぜひ行ってみたいと思った。
そう考えた時から、タイル坂は私の心の中で聖地となった。
しかし生来の無骨者、そう簡単に彼女などできるはずもなかった。
時は流れ、なんとか結婚は決まったものの、
デートなどする余裕はなかった。
思いは片隅に追いやられたまま十年以上が過ぎていた。
結婚して二人の娘が生まれ、かなり大きくなってから
尾道に家族で出かけた。
千光寺公園・文学のこみち…
そして、念願のタイル坂に差し掛かった。
道に迷いながら着いたので、坂に上がるのではなく、
上から降りるスタイルとなった。
はやる気持ちは、私を家族より先に…と進ませていた。
振り返ると、坂の上から降りてくる少女が居た。
そして続けて4歳年上の娘、
最後にはwifeが降りて来るのを見た時
私の永年の思いは帰結した。
時を駆けた彼女たちを見た私はタイル坂を後にし、
右に曲がって細い路地になった階段を降りた。
自分の心も間違いなくこの時、時を駆けた。
それはかつて大林宣彦監督のくれた
ファンタジーという切符のおかげだった。
[The End]